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署名なんて形だけ

おじいちゃんが、
ちょっと手術をするらしい。
それをしたらもう絶対に物理的に喋れなくなっちゃうような、手術。

おじいちゃんの病院でも
他にもそれを既にしたひとは居るし、
多分一般的な処置なんだと思う。
その方が意識も今よりはっきりすると聞いてるし、
きっと最善の方法なんだとは思います。

実際、
おじいちゃんの病院でその手術を既に受けてるひとは、
おじいちゃんよりも反応があって、
挨拶したら視線でお返事してくれるぐらいまで元気になってたし。

でも、
こんな表現不適切かも知れないけど、
その手術しちゃうと、
咳とかの仕方も普通とは違うようになるみたいで、
少なくとも今おじいちゃんの病院で同じ手術を既に受けてるひとに関しては、
喉が苦しそうなときには、
喉から

ひゅう ひゅう しゅー

て音が聞こえるだけ…なのです。

おじいちゃんにとっても今以上に意思表示も難しくなるだろうし、
けどそれより何より、
メスを入れてしまったら、
麻酔とか切れちゃったら痛いだろうから、
逆に苦しいんじゃないかなって思ってしまったりもする。

しかも意識がはっきりするならなおのこと逆に辛いんじゃなかろうか。

でもその手術をすることによって今より辛くなくなりそうな処置も確かにあるし、
私はお医者さんから直接話を聴いたわけではないので、
何とも言えませんが…。
そもそも口を挟む権利もないしね。
 
 
キョーダイ関係って大人になるとめんどうだね。
お互い遠慮とかするふりして陰で文句言い合って。
波風立てちゃいそうなときには、
優しくて無責任な「お任せします」が全部解決してくれる。

なんでそんなんを一番に気にしなきゃいけないんだろう。
どうして当のおじいちゃんのことが一番じゃないんだろう。
なんで、
疑問に思ってることとか不安なこととか
全部自分の中にしまったままにしとくんだろう。

いくらでもやり直しがきくようなこととは違うのに…。
 
 

顔を見たら泣いちゃいそうだ。


色々ここで文句言ったって、
私も結局お医者さんに直接話聴きに飛び込んだりする勇気とかはないし、
そゆ人間関係の色んな小さな綻びの中で、
実際私自身も、
祖父の家とかとどんどん疎遠になってってたし。
けどそのくせお年玉や何かはくれるがままに受け取ってて、
そんなときはいつも申し訳なさとか情けなさとか恥ずかしさで、
何か嫌な気持ちになった。

ここ数年は本当にかわいそうなことをしてしまったとすごく思う。
思い浮かぶことがたくさんある。
でも時間は戻せないし、
私一人で変えられることなんてきっとほとんどなかった。
それに、
そもそも「かわいそう」ってのは、
あくまで私の考えってか印象だしね。

でも、
そういうの全部、
今までの「ごめんね」の分を全部、
自分なりにでも、
自己満足にしかならなくても、
埋めてゆきたい。
やり直しのきかないようなことで後悔を残してしまうのは絶対厭だ。

なのに、、、

もやもや残したまま、
おじいちゃんの声が聞こえることがもうなくなってしまうのを、
黙って眺めることになってしまうのかな。

でもやっぱり、
こんなときに皆がもっとゴタゴタの喧嘩になるのは
おじいちゃんも望まないはずだとも思うのです。





結局私もただの傍観者
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コメント

わたしのおばあちゃんも気管切開したんだよね確かに意思疎通できなくなっちゃうんだけど本人にすればかなり楽になるんじゃないかなぁ
おじいちゃんが入院してたときもともちんと同じような気持ちになったよみんなきっと抱く感情なんだと思うんだけど…でもわたしはちょこっと後悔してるよ
ともちん後悔ないようにね
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